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伝説のお好み焼き屋「とみや」のおばちゃん再び~VOL. 166~

花小金井で八幡屋のソウルフードを食す。

伝説のオムそば
 皆様、こんばんは。私は先程、東京ブランチから港本社に帰阪しました🚅
また、昨晩のビートたけしのTVタックル特番をご覧いただいた皆様、「見たよ・見てるよ」と新幹線内で多数頂きました。
ありがとうございました。後で録画をゆっくり見ます。

 さて、昨日は約3年9か月ぶりに「とみや」のおばちゃんに会いに小平市の花小金井へ。
25年前の積水ハウス武蔵野支店の住宅マン営業時代に、泣きながら飛び込み訪問をした街です(笑)
「とみや」とは八幡屋にある港本社の前にあった伝説のお好み焼き屋さんです。

 そして、「とみやのおばちゃん」こと川西さんとは、祖父母の頃からのお付き合い。
おばちゃんは4年前に八幡屋から、息子さん・娘さんご家族の住まわれる関東へ「終活や」ゆうて移住され、
僕の青春の多摩地区の、しかもまさかの花小金井(ハナコゆうたな昔は)に。
 今日は久しぶりに、おばちゃんの家でランチ。メニューはこれまた「伝説のオムそば」でした。美味かったなあ。
ちなみにソースは大阪の大黒ソースを取り寄せてはりました(笑)

 おばちゃんは、広島のご出身。14歳で此花に出てきて、四貫島商店街にあったアイスクリーム屋さんにて住み込みで働いて家族を助けておられました。その頃シベリアから復員して、一斗缶の回収リサイクル業「西村容器」西村容器」を営んでいた、西村のおっちゃんこと祖父と知り合ったらしい。
 おばちゃんはその後、同じアイスクリーム屋さんで働いていたご主人と結婚し、港区に転居し二人でお好み焼き屋を始めることに。
その場所が人づてに紹介された「西村容器(現我が社)」の向かいの市場だったので、祖父と再会しご主人とびっくりしたと仰ってました(笑)
祖父も親父も、「とみや」さんでよくお好み焼きを食べていたとか。三丁目の夕日の昭和30年代だそうです。

 今日は昔話に花が咲き、亡き祖父母、亡き叔母、親父の私の知らなかった話や、当時の八幡屋の話で3時間ほど盛り上がりました。
帰る前におばちゃんから、近所のお地蔵さんにお参りに行かへん?と誘われたのでお参りに。
大好きな花小金井の街に恩返しがしたい!と荒れていたお地蔵さんの祠を綺麗に掃除しお花も植え、毎日お線香をあげているそうです。
心なしかお地蔵さんも嬉しそうでした。
おばちゃん、八幡屋でもお地蔵さんのお世話をせっせとしていたもんなあ。

おばちゃんは、近所の方や宅配ドライバーさんからも人気で、すっかり花小金井のアイドルです。
いつまでも元気でいてな!
またお好み焼きやオムそばを食べに行きます。